バランスシートという、企業の財産の状態を一覧表にしたものについて、改めて考えさせられたのが、今年5月1日以降に
施行された新会社法でした。
ここで、従来のバランスシートの表示について、おさらいです。
従来のバランスシート
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(資産) A | (負債) B
|
|―――――――――
| (資本) C
|
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資産は会社が保有する財産、負債は、借金などの返済義務でしたね。
さらに、資本は、主に株主の出資と事業活動の利益から構成されています。
会計の世界では、貸借対照表等式という言葉と、資本等式という言葉があります。
(貸借対照表等式) A資産 =B負債+C資本
(資本等式) A資産?B負債=C資本
以上につきまして、何がいいたいかと申しますと、貸借対照表等式は、「資産(会社の持つ財産)」=「資金の出所」というふうに、左(運用)と右(調達)のバランスをイコールで結んだ、という関係になっています。
あえていうなら、主役は「左の資産」ということになるでしょうか。
これに対し、資本等式は、「資産(財産)から負債(借金など)を差し引いて、残った手取りが株主の取り分(持分)だよ!」と、最終的に株主の取り分を求めるための式となっています。
だから、資本等式における主役は、「資本」なのですね。
ここで、資本を主役に、もう少し話を進めてみましょう。
本来株主の取り分である資金部分(Cの部分)を、株主に配当などで返還せず、会社側で預って運用しているのだから、経営者は、この資本を、より収益性の高い事業に投下し、株主が期待する以上の利益を計上しなければなりません。
株主から預ったお金と、第三者から借り入れたお金を、きちんと収益性の高い事業に投下し、成果を上げているか
どうかについて、株主や債権者などによって監視されている状態は、「コーポレートガバナンス(企業統治)」の
一側面といえます。
ところで、従来、株主から払い込まれたお金で、未来永劫、返済する必要がないにもかかわらず、負債として扱われている勘定科目(会計上の集計項目)がありました。
それが、新株予約権です。
新株予約権とは、将来の一定期間に、一定の価格(行使価格)で、その会社の株を譲ってもらえる権利のことです。
あらかじめ、購入価格が決まっていれば、後日、その会社が業績を伸ばして株価を上昇させても、安い行使価格で購入できるので、新株予約権者にとっては、非常にありがたい制度となります。
ちなみに、新株予約権という権利を企業が発行した時に、その権利の代金を、投資家から受取ります。
たとえば、10億円で新株予約権を販売し、代金を受取った会社のことを考えてみましょう。
バランスシート1
―――――――――――――――――――
(資産) | (負債)
現金預金+10| 新株予約権+10
|―――――――――
| (資本)
|
―――――――――――――――――――
↑
↑
ここのところ(=資本)を、
新会社法では「純資産」と呼ぶ。
このように、従来の会計ルールでは、新株予約権の発行に伴って代金を払い込まれた場合には、その代金は返済不要にもかかわらず、流動負債(短期的に返済すべき借金等の区分)として扱われてきました。
実務的には、とりあえずお金を受取ったけれど、一時的に預っただけのようなイメージであるところの仮受金(流動負債)に性質が似ているところから、新株予約権も、「権利行使までの間、とりあえず預ったお金」というような感覚で、流動負債の一部に含まれていました。
しかし、この新株予約権、後に株価が上昇して、投資家により行使された場合には、追加の払い込みとともに、資本金に振り替えられるのが原則となっています。
バランスシート2
―――――――――――――――――――
(資産) | (負債)
現金預金+10| 新株予約権 0 →・
+50|――――――――― ↓
| (資本) ↓
| 資本金 60 ←・
―――――――――――――――――――
また、期限が経過するまで、とうとう新株予約権の権利行使がなかった場合にも、新株予約権として預ったお金は返済不要で、もらいっぱなしにできます。利益となるのですね。
そうなると、新株予約権について、従来のように流動負債で表示することに、疑問が生じてくるのです。
そこで、平成18年の新会社法施行にともなって、従来の懸案だった新株予約権の表示を負債から外しました。
そして、今般、「純資産」という概念を自己資本とは別物として規定しました。
具体的な純資産(従来の資本におおむね相当)は、下記のようになります。(連結決算ベース)
下記を見ると、純資産>株主資本(自己資本!?)という大小関係が見て取れますよね!
純資産の部
1 株主資本
1 資本金
2 新株式申込証拠金
3 資本剰余金
4 利益剰余金
5 自己株式
6 自己株式申込証拠金
株主資本合計 ×××
2 評価・換算差額等
1 その他有価証券評価差額金
2 繰延ヘッジ損益
3 土地再評価差額金
4 為替換算調整勘定
評価・換算差額等合計 ×××
3 新株予約権 ×××
4 少数株主持分 ×××
―――
純資産合計 ×××
===
※細かいところは気にしなくても大丈夫です!いずれにせよ、今回の会社法施行で、従来の自己資本が、純資産という名称で広くなり、新株予約権を資本として認めた、という点では、本質論的には望ましい形に近づいたといえるかもしれません。
新会社法の純資産の表示区分、今回の会社法施行における、一つの大きなトピックなので、ぜひ知っておいてください。
日経朝刊7月7日の13面です。
日経新聞の調べによりますと、今年1月?6月の新株発行を伴う増資などの資金調達は、2兆5200億円と、前年同期比で1兆3千億円の増加となりました。
つまり、一年前の約2倍も、増資などによる返済不要の資金を調達している(エクイティファイナンスをしている)、という計算になります。
ここでご参考までに、新株発行を伴う資金調達は、エクイティファイナンスといいます。
ちなみに、これほど多額の資金を調達して、何に使うかといいますと、設備投資やM&Aに活用する企業が多い、とのことですね。
問題は、多額の増資や新株予約権の発行により返済不要の資金を集めたのは良いが、その使い道として、資金の出し手が納得いくような高収益の新事業に投下できるのか、という点にあります。
「集めたお金を、どこに投下するか?」
これは、経営者の能力が問われる場面です。
結局、自己資本が増えて安全性が高まるという点では望ましいのですが、その資金を、何に使うかによって、全社ベースの将来の収益力にまで影響を及ぼします。
なお、今回の場合、一方で将来の金利上昇を見込んで、借入れが金利負担面で不利に転じる前に、資本金を増やして現金を調達する、という思惑もあるわけですね。
しかしながら、エクイティファイナンスによる資金の調達をおこなうと、資本を増やす一方で、ROEといった自己資本利益率を低下させる、というマイナス面も見逃せません。
もちろん、発行済み株式総数も増えますから、1株当たりの利益なども、悪化します。
こう考えると、増資で得た資金を、リターンの見込める事業に投下することが出来るかどうか、その見込みついて、経営者は説明する義務がある、と考えることができます。
エクイティファイナンスは、財務安全性という観点からすると、自己資本が充実するので望ましいのですが、収益性という観点からすると、かならずしもプラスに働くかと言えば、そうとはいえないわけなのですね。
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